正義と正義の問題を解決するウルトラCー喧嘩両成敗の誕生[書評]

室町時代の人たちは、法律として制定した「喧嘩両成敗」が、後世にどのように語られるのかを想像をして、暗い気持ちになったりしたのでしょうか。

「乱暴な奴らだと思われるかな〜」「いや、でも実際これしか解決が出来ないからね」「最悪の場合しか使っていないことは、わかってほしい」

なんて、誰ともなしに言い訳をしていたかもしれません。

清水克行氏による「喧嘩両成敗の誕生」を読むと、平安時代の人たちのこんな苦悩を想像してしまいます。

喧嘩両成敗が誕生した理由

「喧嘩をしたものは理由のいかんを問わず、両方共成敗する」

非常に野蛮で未発達な、過去の人たちが考えた法律と思ってしまいます。しかし実情はそうではなかった。

喧嘩両成敗の生い立ちは、単純ではないことが本書では説明されています。

室町時代は、問題が発生すると自力救済が基本。お上がわざわざ罪を見つけてくれて、裁いてくれるなんて事は期待できない時代。そんな当時、親を殺された子供は、自分たちでその仇討ちをするのは当然という空気。つまり親の仇討ちは、室町時代の庶民の空気に従うと正義だったわけです。

しかし、法による正義に照らし合わせれば、当時でも殺人は当然のように罪。

親の仇討ちをした者は、法の裁きを受ければ当然に有罪。しかしながら、庶民感情では許される……

喧嘩両成敗は、このような「法による正義」と「空気による正義」という、非常に複雑な問題を解決されるために考えだされたウルトラCだったのです。

赤穂浪士事件にみる喧嘩両成敗を卒業できない日本

時代が下り江戸時代にもなると、喧嘩両成敗が法として制定される事はなくなります。

しかし、喧嘩両成敗を求める空気は残り続ける…… 本書では、赤穂浪士の事件を題材にこれが説明されています。

無抵抗な吉良上野介を、一方的に切りつけた浅野内匠頭が厳罰に処されるのは、当時の法の側面からみてもおかしなことではありません。法の観点では、浅野内匠頭に対する裁きに不満をもって、勝手に討ち入りをする大石内蔵助たちに正義はないのです。

しかし、世間はそうではなかった。江戸の世間では、大石内蔵助の討ち入りは美談で拍手喝采となります。

結果、幕府はこの世間の空気にさからう事ができず、赤穂浪士たちの切腹と同時に、とってつけたような理由で吉良家をお家断絶にする。つまり、喧嘩両成敗で決着がつくのです。

吉良側からすれば、浅野内匠頭に切りつけられ、討ち入りされて、主君を殺されて、さらにお家断絶にされる。理不尽極まりない。

法律ではありえない。しかし、空気がそうさせたのです。赤穂浪士の討ち入りは、空気の正義に従った結果であり、喧嘩両成敗を卒業できていないことの現れであるともいえます。

ちなみに、赤穂浪士は今でも美談ですね。


これを過去のものとして笑えないかもしれません。

いまのネットでは、なにか起きても基本的には自力救済で救済するしかない。そして、法がどうこうよりも空気が支配しています。

喧嘩両成敗が生まれた室町時代にも似ており、喧嘩両成敗を卒業できない江戸時代との違いもあいまいです。

いまのネットの状況が本にまとめられて、数百年後の人に読まれるとどんな感想を持たれるでしょうか。未来でも、「昔も今も変わんねーな―」ってなっているかもしれませんががが :|

喧嘩両成敗の誕生 (講談社選書メチエ)

喧嘩両成敗の誕生 (講談社選書メチエ)


「空気」の研究

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