興味をひければいいじゃない。という「おちょけマーケティング」に対する違和感

「関西にはおちょけという言葉があります。」という書き出しから始めようと思っていましたが、この言葉は名古屋弁だという話があり驚愕しております。言葉に対する思い込みって恐いです。

おちょけるとは - 名古屋弁 Weblio辞書

私が育った神戸に限りなく近い明石という兵庫県のとある場所でもこの言葉は使われていました。利用シーンは、単純なふざけるの代替ではなく、子供が興味を引きたくておどけている時です。「あの子はおちょけやねー」という台詞が大人から聞こえてきたものです。子供からすると「皆もっと僕をみてよ!!」なんですが、それをうまく出来ないので、ついついふざけたりおどけたりしてしまうんですよね。

「興味を引きたい」→「どうしたらいいのかわからない」→「ちょける」というサイクルは何も子供の専売特許ではありません。大人でもやっているのを散見します。それも、仕事として。。マーケティングとして。。。

このサイクルにハマっている、興味を引きたいという欲望でかためられたマーケティングを、私は勝手におちょけマーケティングと読んでいます。具体例は、、多分皆様の心の中にあるかと思います。この「おちょけマーケティング」ですが、ちょけた結果がバズっていたりすると効果があるように見えます。バズっている状況で中の人から「コンテンツマーケティングかくあるべし」なんてことも言われたりもします。

しかしですね。しかしですよ。これってどうなんでしょう。違和感ありませんか?私はあります。

基本的に商品の購買は、その顧客との関係性を築くはじめの一歩です。そう、よく言われますがゴールではなくスタートなのです。であるならば、購買のためのマーケティング行為においても、購買後の顧客との継続的な関係を視野にいれる必要が当然あります。

このように考えると、違和感の正体は「一過性の興味を引きファネルの間口を広げる事だけが正義のように語られる事」に対しての気持ち悪さなんですね。面白みは少ないかもしれませんが誠実に行われているマーケティング行為に対しておちょけマーケティング側から、「そんなのでは興味ひかないよ。人気でないよ」などというダメ出しには嫌悪を感じるのですよ。

既に美味しい牛乳を出している牛を紫にして注目されるようにする事はマーケティングと呼べるでしょう。しかしですね、紫にすることが目的ではないのですよ。それはあくまでも手段です。ハリボテの牛を紫に塗って、紫だよ!!と叫ぶことはマーケティングではないですね。それはただのおちょけです。

※ まあでも、たまにはおちょけてみてもいいと思うし、イベント=祭りはそれには適しているとは思っています。プライベートショーでなければですが、、、いかがでしょうかね。